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松山再訪 [旅]

久方ぶりに、愛媛の松山を訪れた。限られた短い時間の観光ではあったけれど、懐かしい道後温泉と松山城を満喫できた。

道後公園

スタートは、道後公園。路面電車で下車し、公園内をゆっくりと散策する。今を盛りと梅の花が咲き、小鳥のさえずりが聞こえる。澄み切った空気と梅花の匂いがほどよくブレンドされ、芳しい香りに包まれていた。遠足に来ている幼稚園児や小学生、観光客、学生、地元の人々。地域の憩いの場だ。


子規記念博物館

子規記念博物館は残念ながら休館日だった。また今度。


道後温泉駅

公園を抜けて、道後商店街へ向かって歩く。


坊っちゃん列車

坊っちゃん列車や時計台の前は、カメラを持った人で大賑い。

道後温泉本館

商店街を歩くこと数分、道後温泉の正面玄関が見えてきた。今回は入浴はお預け、付近を歩いて回った。


城山リフト

再び路面電車に乗り、松山城へ。普段は徒歩で城山を登っていたのだけれど、何を思ったかリフトに乗ってしまった。思いの外高くて怖い。震えながらカメラのシャッターを押した。


松山城

天守閣へは20分ほど歩いて到着する。薄曇りではあったけれど、松山市内を一望できた。


昔住んでいた場所を訪れると、深い郷愁に駆られるものだ。当時は、慌ただしく毎日が過ぎるばかりだった。離れてみてその良さを実感する。途中で立ち寄ったコーヒーショップのオーナーとお客さんは、いちげんさんの私に、取れたての金柑を袋いっぱいに詰めてくれた。「お姉さんもおあがりなさい。」なんて気さくで親切な人たちだろう。松山にはこんな人が多いのだ。今も昔も変わらない。

松山も広島も、お城があって路面電車が走り、昔ながらの街並みが残る。私にとってはちょうど暮らしやすい街の大きさなのかもしれない。ふと、「ふるさというんはただ生まれた場所のことを言うのやない。そねして自分で作っていくもんなんやで 」という糸子さんのセリフを思い出した(『ちりとてちん』)。松山も広島も、かけがえのないふるさとなのだと強く思った。



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ブラームス ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 [音楽]

陸橋からの眺め.JPG

(Nikon 1 J5 のベストモーメントキャプチャーモードで撮影した陸橋からの眺め。私の中のダブルコンチェルトのイメージにぴったり。)

Brahms Double Concerto in A minor, Op. 102
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst, conductor
William Preucil, violin
Mark Kosower, cello
January 2016, Miami Night Concert Hall


ブラームスの2つのピアノ協奏曲と今回の二重協奏曲は、傑作ではあるのだけれど、自分の中で生き生きと存在感を放つまでには、随分時間がかかった気がする。去年のマイアミレジデンシーの演奏会は、ライヴ放送後、繰り返しオンデマンドになっていたのだけれど、とことんハマるということはなかった。個人的にブラームスの音楽は、交響曲とヴァイオリン協奏曲を除けば、後からじわじわとその良さに気づくことが多い。ピアノの小品、ピアノソナタ、チェロソナタ、クラリネットソナタ...挙げればきりがないほど今年はブラームスばかり聴いている。読書が捗るのもブラームスなのだ。

ブラームスは交響曲第4番を作曲後、疎遠になっていたヨアヒムとの関係修復を願ってダブルコンチェルトを作曲したと伝えられる。第4交響曲で見せた、厭世観や諦念といったものは影を潜め、ブラームスらしい陰りのある美しさと秘められた激しい情熱を感じさせる。独奏楽器とオケが複雑に絡みあい、次第に高揚感を増していく過程は出色だ。

第1楽章。オーケストラがほんの少しだけ第1主題を奏でた後、独奏チェロの寂寞とした音色が聴こえてくる。ソロを弾くのは、オーケストラの首席奏者 マーク・コソワーさんだ。深海の底から静かに響き渡るかのような清らかで深い音色で、聴き手を魅了する。コンサートマスターのプレイシルさんのヴァイオリンは、やや抑えめなのだけれど、芳醇で美しい。チェロとヴァイオリンの激しい演奏の後、トゥッティで華麗な第1主題が奏でられる。ここは前半で最も好きな個所。ヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラの伴奏は、狂おしいほど情熱的だ。続く第2主題での、ヴァイオリンセクションの目眩がするほど艶やかで美しい響きといったら、もう卒倒しそうになるほどである。

第2楽章は、どことなく懐かしさのある虹色の輝きをみせる。今の季節なら、冬の青空に映える蝋梅の花でもいいかもしれない。「これで良かったのだ。悔いはない。」とブラームスが、自身に言い聞かせているかのようなイメージが浮かぶ。コソワーさんのあたたかい音色に、管楽器が応え、独奏ヴァイオリンへと繋いでゆく。

第3楽章は軽快なチェロの調べで始まり、同じ旋律をヴァイオリンが受け、次第に熱気を帯びてくる。独奏楽器の短いカデンツァは、張り裂けそうな想いを秘めながら、ほろ苦く切ない。コソワーさんとプレイシルさんの、力みのない練達のソロに思わずハッとさせられた。終楽章でのトゥッティの音の豊かさ、力強さ、強靭さは、クリーヴランドオーケストラの魅力を存分に味わえるものだった。


(コンサートの様子がこちらにあります。)

というわけで、来週はいよいよ6年ぶりのブルックナー7番だ。RCOデビューも7番だったけれど、クリーヴランドで取り上げるのは2011年以来となる。
中継があるので是非どうぞ。1/29(日)午前10時から。




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ブラームス 悲劇的序曲 [Johannes Brahms Cycle]

紫紺野牡丹.JPG

(今年最後の縮景園。紫紺野牡丹の紫が鮮やかでした。)


Brahms Tragic Overture, Opus 81
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst, conductor
February 2015, Severance Hall

ブラームスチクルスレビューの最後は、悲劇的序曲です。偏らずにいろいろな作曲家の音楽を聴こうと思っていたはずが、ついついヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラのブラームスに手が伸びた一年でした。交響曲とピアノ協奏曲は何回再生したかわからないほどです。

ヴェルザー=メストの悲劇的序曲は、インターネットラジオを通して4種類聴いたことがあります。2014年1月のセヴェランスホール定期演奏会、9月のプロムス、ヨーロッパツアー(コンツェルトハウス)、そしてDVD収録された2015年の定期演奏会です。

冒頭の和音から、非常に引き締まった硬派な響きが印象的です。クリスタルガラスのような透き通った響き、速いテンポ、縦の線をきっちり合わせた合奏力、しなやかに舞うような優雅さ。ヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラの音楽の特性がよく表れた演奏だと思います。とりわけ、甘さを抑えた筋肉質な響きは、歩むべき人生への決意表明のような毅然とした曲想とよくあっていて、大変魅力的です。


今年は、欧州の主要オケへのデビューラッシュでした。コンセルトヘボウ管、シュターツカペレ・ドレスデン、ゲヴァントハウス管。コンセルトヘボウ管とのブルックナーは、あとからじわじわとその良さが伝わってくる名演だったと思います。先日、2020/21シーズンより、ウィーン国立歌劇場の総裁が交代するというニュースが入ってきました。オペラでのウィーン復帰もいよいよかもしれません。個人的には、GMDに返り咲くよりも(それはないと思いますが...汗)、客演しながら他のオケとの関係を深めてほしいと思っています。2018年のニューイヤーコンサートの指揮台に立つ可能性はあるでしょうか。そろそろお正月に姿を見たいものです。年始のWCLV(1月1日の午前10時)は、いつもどおりヴェルザー=メストのシュトラウスが聴けますので、どうぞお見逃しなく。

ではみなさま、よいお年をお迎えください。
今年もお読みいただきありがとうございました。






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