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ブラームス ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 [音楽]

陸橋からの眺め.JPG

(Nikon 1 J5 のベストモーメントキャプチャーモードで撮影した陸橋からの眺め。私の中のダブルコンチェルトのイメージにぴったり。)

Brahms Double Concerto in A minor, Op. 102
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst, conductor
William Preucil, violin
Mark Kosower, cello
January 2016, Miami Night Concert Hall


ブラームスの2つのピアノ協奏曲と今回の二重協奏曲は、傑作ではあるのだけれど、自分の中で生き生きと存在感を放つまでには、随分時間がかかった気がする。去年のマイアミレジデンシーの演奏会は、ライヴ放送後、繰り返しオンデマンドになっていたのだけれど、とことんハマるということはなかった。個人的にブラームスの音楽は、交響曲とヴァイオリン協奏曲を除けば、後からじわじわとその良さに気づくことが多い。ピアノの小品、ピアノソナタ、チェロソナタ、クラリネットソナタ...挙げればきりがないほど今年はブラームスばかり聴いている。読書が捗るのもブラームスなのだ。

ブラームスは交響曲第4番を作曲後、疎遠になっていたヨアヒムとの関係修復を願ってダブルコンチェルトを作曲したと伝えられる。第4交響曲で見せた、厭世観や諦念といったものは影を潜め、ブラームスらしい陰りのある美しさと秘められた激しい情熱を感じさせる。独奏楽器とオケが複雑に絡みあい、次第に高揚感を増していく過程は出色だ。

第1楽章。オーケストラがほんの少しだけ第1主題を奏でた後、独奏チェロの寂寞とした音色が聴こえてくる。ソロを弾くのは、オーケストラの首席奏者 マーク・コソワーさんだ。深海の底から静かに響き渡るかのような清らかで深い音色で、聴き手を魅了する。コンサートマスターのプレイシルさんのヴァイオリンは、やや抑えめなのだけれど、芳醇で美しい。チェロとヴァイオリンの激しい演奏の後、トゥッティで華麗な第1主題が奏でられる。ここは前半で最も好きな個所。ヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラの伴奏は、狂おしいほど情熱的だ。続く第2主題での、ヴァイオリンセクションの目眩がするほど艶やかで美しい響きといったら、もう卒倒しそうになるほどである。

第2楽章は、どことなく懐かしさのある虹色の輝きをみせる。今の季節なら、冬の青空に映える蝋梅の花でもいいかもしれない。「これで良かったのだ。悔いはない。」とブラームスが、自身に言い聞かせているかのようなイメージが浮かぶ。コソワーさんのあたたかい音色に、管楽器が応え、独奏ヴァイオリンへと繋いでゆく。

第3楽章は軽快なチェロの調べで始まり、同じ旋律をヴァイオリンが受け、次第に熱気を帯びてくる。独奏楽器の短いカデンツァは、張り裂けそうな想いを秘めながら、ほろ苦く切ない。コソワーさんとプレイシルさんの、力みのない練達のソロに思わずハッとさせられた。終楽章でのトゥッティの音の豊かさ、力強さ、強靭さは、クリーヴランドオーケストラの魅力を存分に味わえるものだった。


(コンサートの様子がこちらにあります。)

というわけで、来週はいよいよ6年ぶりのブルックナー7番だ。RCOデビューも7番だったけれど、クリーヴランドで取り上げるのは2011年以来となる。
中継があるので是非どうぞ。1/29(日)午前10時から。




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チャイコフスキー 交響曲第6番 悲愴 [音楽]

IMG_8598.JPG
(夕靄の立ち込める冬の宮島)


Tchaikovsky Symphony No. 6 "Pathétique"
Franz Welser-Möst
The Cleveland Orchestra
2007, Severance Hall (Season opening concert)

ネットラジオ、ストリーミングサービス、CDを中心に、今年もたくさんの音楽を聴いた。印象に残った演奏は数多くあるのだけれど、その中で一つ選ぶとするならば、迷うことなくヴェルザー=メストの悲愴をあげる。1月のネットラジオのスタートは、マイアミ定期の「冬の日の幻想」だった。今年はチャイコフスキーについて、興味を深めた一年なのかもしれない。ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲を聴き直していくにつれて、その音楽性に魅せられたと言っていいだろう。チャイコフスキーを題材にしたケン・ラッセル監督の『恋人たちの曲 悲愴』も忘れがたい作品だ。

ニューヨークの批評家が"Unsentimental elegance"と評するように、ヴェルザー=メストの悲愴には、ひんやりとした空気感が漂う。暗澹としたファゴットの旋律と、不穏な低弦の調べで曲は始まり、ヴァイオリンの鋭い響きが耳をつんざく。情け容赦なく降りかかる試練を一身に受け止める以外、生きてゆく方法はないのだと言わんばかりの曲想だ。
地下室の暗闇にそっと光が降り注ぐような第2主題。ヴァイオリンが優美なメロディを奏でると、フルートの旋律が後続する。スミスさんのフルートは、マッチを擦って浮かび上がる束の間の幻想をイメージさせる儚い音色だ。ヴェルザー=メストの悲愴を聴いていると、死ぬことでしか幸福を得られなかったマッチ売りの少女の姿が脳裏に浮かぶ。心の奥深くにそっと語りかけるような音楽の進行が印象的だ。悲愴の録音は数多く聴いたけれど、アンデルセンを彷彿とさせたのは彼が初めてだった。淡い光が消えゆくと、研ぎ澄まされた剣先のように鋭い弦が再び登場する。セヴェランスホールの音響もあいまって、かなり激しく感じられた。狂ったように突進していく様子は、去年のマーラーの6番に通じるものがあった。

第2楽章はヴェルザー=メストが得意とするワルツだ。4分の5拍子という一風変わったもので、チャイコフスキーの創意工夫が見て取れる面白い楽章。不安定さが同居する旋律を、メランコリックに聴かせてくれる。
にぎやかで慌ただしい第3楽章。目が回りそうになる曲想は、躁状態の人間の内面を映し出すかのようで不気味だ。一糸乱れぬアンサンブルで、澄み切った響きはそのままに駆け抜けてゆく。

ヴァイオリンの慟哭 にも似た物悲しい旋律で始まる第4楽章。冴え冴えとした弦にブラスが加わり、音楽は静かに高揚してゆく。ヴェルザー=メストは大きくテンポを変えたり、タメを作るわけではないのだけれど、まるでワーグナーかシュトラウスのオペラのように、ドラマチックに音楽を作り上げる。山場への持って行き方が絶妙なのだ。音楽の高揚が最高潮に達する場面では、目の前に現れた"おばあちゃん"の姿が消えないように、ありったけのマッチを擦るシーンを連想せずにはいられなかった。むせび泣くような耽美的な弦の響きには、抗いがたい魅力がある。泡のように消えゆくラストには魂が揺さぶられる思いがした。


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アンスネスのシューマン [音楽]

ムクゲ


Piano Concerto in A minor, Op. 54
Leif Ove Andsnes, piano
Franz Welser-Möst
The Cleveland Orchestra
January 2016, Night Concert Hall (Miami residency)


今年はシューマンのピアノ協奏曲をよく聴きました。アンスネスをソリストに迎えた1月のマイアミ演奏会、8月の平和の夕べコンサートでの萩原さん、そして再び11月のN響定期にアンスネスが登場しました。

1月の演奏会。アンスネスの最初のタッチを聴いた途端、脳裏に浮かんだのはヴェルザー=メストの言葉です。「アンスネスは20年前の彼とは違います。非常に深みのある完璧な音楽家になっているのです。」冒頭から「おや、これは…すごいかも」と思いながら、一気に引き込まれたのを覚えています。そして先日のN響。疾走感溢れるピアノは、マイアミとはまた違った趣、瞬く間に魅了されました。

シューマンがクララのために書いた本曲は、男性の持つ包容力、安心感、気遣い、優しさ、凛々しさ、情熱、切なさ、儚さ、全てが詰まった宝石のような曲です。オケもピアノも相当難しいため、お気に入りの演奏に出会うことが少ない気がします。

青梅のように瑞々しいヘルムヒェンや、黄昏時に窓際に佇んでいる男性をイメージさせるアラウとも違う。ヴェルザー=メストとアンスネスのシューマンは、成熟した大人の深い愛をもっとも感じさせる演奏でした。らじるで聴いた演奏が、颯爽とぐいぐい進む大変素晴らしいものでしたから、しばしマイアミの演奏を忘れていたのですが…。


ヴェルザー=メストとクリーヴランド管の伴奏が、メランコリックで幽玄的な雰囲気を作り出していたように思います。オケ全体のカラーである白磁のように透徹した美しさ、翳りのある木管の音色、陰影に富んだ弦楽器がアンスネスをサポートします。シューマンの描いた美的世界を、ここまで綺麗に昇華させた演奏はめったにないと思うのです。漣のように押し寄せてくる旋律を、アンスネスは一音一音丁寧に紡いでいました。

第1楽章。オーボエの渋い艶のある音色が耳を引きます。吹いているのはおそらく、首席のローズンワインさんではなくラスブン氏かな。(今度のドイツレクエムでも彼が1番を吹いています。)クリーヴランドの深みのある弦とアンスネスの透明度の高いピアノが絶妙にブレンドされ、何ともいえない幻想的な雰囲気を作り出します。アンスネスのピアノは、細やかな優しいタッチと芯のある強さが同居する特筆すべきもの。さらりと弾いているようで、実は相当コントロールされているような印象を持ちました。特にカデンツァでの、迫力のあるタッチが、情熱的な愛の告白のようにも感じられて、非常に良かったです。

春の木漏れ日の中を歩きながら、愛を語らうかのような優しいイメージの第2楽章。アンスネスの静謐なタッチがキラリと光っていました。第3楽章。スタイリッシュに決めていたEMIの録音と違って、非常にゆったりと夢の中を進んでゆくかのような演奏でした。

ヴェルザー=メストが指摘するように、10年以上前のEMIの録音から、アンスネスは確実に進化を遂げています。若狭塗り箸のように、きっとこの十数年間で塗り重ねた(=積み上げたもの)ものが、今の彼の演奏にきらりと光るものとして表れているのだろうなと思いました。


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メンデルスゾーン 交響曲第3番 スコットランド [音楽]

黄金山からの眺め


Symphony No. 3 in A minor, Op. 56
Franz Welser-Möst
London Philharmonic Orchestra

11月。朝晩の冷え込みが厳しい季節になりました。秋の黄昏時は短くて、あっという間に日が暮れてしまいます。晩秋の冷たい風に吹かれながら、グラーデーションのかかった空を眺めるのは、至福の時間です。

交響曲第3番は、メンデルスゾーンが20歳の時、スコットランドを訪問し、楽想を得たと言われています。荒涼としたホリールード城は、若い音楽家のイマジネーションを刺激したにちがいありません。

メンデルスゾーンは、ヴェルザー=メストの主要レパートリーです。今シーズンは真夏の夜の夢の全曲版や、交響曲第4番を取り上げます。若い頃から3番はよく演奏していたようですね。うねるような弦の波が押し寄せ、深みのある濃厚な響きで包み込んでくれる2011年のセヴェランスホールの演奏と並んで、30代前半に録音した瑞々しいスコットランドも格別です。


哀調の滲む弦の調べで始まる第1楽章。荒涼としたスコットランドの風景が眼前に浮かんでくるかのようです。序奏を受けて、絹糸のようになめらかな旋律が始まります。ヴェルザー=メストは、硝子細工でもあつかうような細心さで、仄暗い抒情を見事なまでに表現します。この録音で最もお気に入りの個所です。繊細で陰影感のある響きが何とも言えないほど素晴らしく、抑えた情熱が徐々に高まってゆくような過程が出色なのです。独特のメランコリックな趣はオーストリア人気質でしょうか。ロンドンフィルの音色は、癖がないので、指揮者色に染まりやすい気がします。ヴェルザー=メストの思い描く世界を、それぞれの楽器が力まずになめらかに歌い上げるのです。


第2楽章。クラリネットの朗らかな響きに思わず心が踊り、気分はほんのりと緋褪色に染まってゆきます。濁りのない澄み切ったロンドンフィルの合奏が素晴らしいですね。第3楽章。深い孤独の中にいる人間に、そっと手を差し伸べてくれるかのような滋味溢れる旋律が魅力的です。ヴェルザー=メストの細やかな音楽の運び方が際立っています。第4楽章。最終の流麗なコーダを聴き終わったあとの清涼感がいつまでも心に残ります。


毎年この時期には必ず聴いている名曲。比較的容易に入手できます。ヴェルザー=メストのメンデルスゾーンに興味を持たれた方は、今ちょうど交響曲第5番がオンデマンドで聴けますので是非どうぞ。この音源は私も初めてです。

昔の名盤を聴くたびに、ああ、もっと EMIでCDを出して欲しかった…と思います。録音したネットラジオや映像ももちろん貴重だけれど、やっぱりCDがいいな。



Schumann/Mendelssohn: Sym

Schumann/Mendelssohn: Sym

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI Classics
  • 発売日: 2008/02/18
  • メディア: CD




メンデルスゾーン:交響曲第3番&第4番

メンデルスゾーン:交響曲第3番&第4番

  • アーティスト: ウェルザー=メスト(フランツ),メンデルスゾーン,ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2005/07/21
  • メディア: CD




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小夜曲 [音楽]

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先日、前から気になっていた「小夜曲」というお店に行ってきました。地元のみならず、全国のクラシック音楽愛好家の間で有名な場所のようです。先ごろは指揮者の川瀬賢太郎さんがいらっしゃったとか。ちょっと敷居が高そうだなあと思いつつも、思い切って訪れてみました。


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恐る恐るドアを開けると、たおやかで凛とした佇まいの女性オーナーさんが迎えてくれました。店内ではベートーヴェンの交響曲第3番、第3楽章がかかっています。お客さんは私だけだったのでもうドキドキです。誰のベートーヴェンかなと考えながら、モカのコーヒーと軽食を注文しました。待っている間にどうぞと出してくれた雑誌は、音楽の友とレコード芸術。そういうお店に来たのだなあと、思わずニヤリです。


ベートーヴェンが終わったところで、誰の演奏ですか?と尋ねてみました。私はカラヤンかなと予想してたところ、見事に的中です(わーい)。オーナーさんが次にかけてくれたのは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。このCDは初めてでしたが、その伸びやかな美音と力んだところが一切ない演奏に思わず聞き入ってしまいました。


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最初は私一人しかいなかったものの、しばらくすると、次から次へとお客さんがやって来ます。コーヒーを飲みながら、世間話。(今の時期は皆、もれなくカープの話ですね)なんだか、懐かしい光景でした。チェーン店では味わえない、喫茶店でのひととき。


帰り際、オーナーさんが、来週のさんのマリアンナ・シリニャンさんのピアノリサイタルでお会いしましょうね、と声をかけてくれました。また行ってみようと思います。
タグ:カフェ
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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 [音楽]

Bayside Beach Saka



Piano Concerto No. 1 in B-flat minor, Op. 23
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst, conductor
Lang Lang, piano
October 2014, Severance Hall (Gala Concert)


潮の匂いに包まれながら波打ち際を歩いていると、疲れきった細胞が若返り、精神が瑞々しさを取り戻してゆくような感覚になる。豊かな湧水に囲まれて育ったせいか、水のある場所は本当に気持ちが和らぐ。
波の音と一緒に頭の中に浮かんできたのは、先日から聴き続けていたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第2楽章だった。スミスさんの温かいフルートの音色、ランランの抒情性に溢れた柔らかなタッチがありありとよみがえるので、自分でも驚いてしまった。イヤフォンで音楽を聴いているわけでもないのに…。


何で急にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番かというと、先月ヴェルザー=メストの悲愴を聴いて以来、頭の中はすっかりチャイコフスキーなのだ。ヴェルザー=メスト独特の解釈に完全に心を奪われ、ケン・ラッセル監督の『恋人たちの曲 悲愴』を鑑賞した。(なんだか去年のマーラーとそっくり。マーラーの6番を聴いた後、これまたケン・ラッセルの『マーラー』を観たのだった。)その映画でピアノ協奏曲第1番が効果的に使われていたので、録音を探していたところ、ランランをソリストに迎えた演奏会があったのを思い出したのだった。


第1楽章。誰もが知っている冒頭のホルンのメロディはスマートにさらりと奏でられ、序奏は大変爽やかな印象だ。歌舞伎の世界から出てきたような華やかさを備えたランランのピアノは、強靭で自信に満ち溢れた響き。そんなに強打しなくてもいいのに…と感じる箇所もあるのだが、水際立った華麗なピアニズムにはただただ圧倒される。第2楽章。牧歌的なフルートの音色を聴いていると、身体がふわふわ浮き上がりそうな甘い情緒にとらえられる。フルートを受けた独奏ピアノの内省的な旋律を、ランランはとろけるようなタッチで奏でていた。彼が派手なパフォーマンスだけの人でないことがよく分かる演奏だ。躍動感あふれる第3楽章はキレのある独奏ピアノの独擅場。コントロールが効いて粒立ちがよく、オケとの一体感も心地よかった。

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リスト 交響詩第4番「オルフェウス」 [音楽]

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Liszt Symphonic Poem No. 4, Orpheus
The Cleveland Orchestra
Franz Welser-Möst
Subscription concert: May 14, 2016, Severance Hall
(オンデマンドは9/19まで


5月14日の定期演奏会は、リストのオルフェウスとバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番、メインは弦チェレという大変地味なプログラムだった。セヴェランスホールの聴衆のレベルは非常に高く洗練されているので、音楽監督の演奏会には意欲的な曲目が並ぶ。一見渋いプログラムに見えるが、後日放送されたヴェルザー=メストのインタビューを聞いていると、大盛況だったようだ。凄いなあ。馴染みのない演目でもセヴェランスホールは満席というのだから。


薄明かりの中に佇むオルフェウスの登場をイメージさせる印象的なハープの旋律で曲は始まる。続く艶かしいチェロの音色、それを受けてオーボエが嫋嫋とした音色で応える。未知の世界に足を踏み入れたような感覚になる不思議な音楽だ。なるほど、プレビューでヴェルザー=メストが、美しい世界に魅了されると力説したのも頷ける。瞬く間にその瞑想的な世界に惹きつけられた。曲の改訂を繰り返していたリストだが、この作品は直感で書き下ろした後は手を加えることがなかったそうだ。超絶技巧のイメージが先行する作曲家の、新たな一面に出会った。

中間部のヴァイオリンソロの艶かしい響きが、この上なく素晴らしく、竪琴を持って佇む高貴なオルフェウスを想起させる。フルオーケストラになり迫力を増してゆき、金管が力強く主題を奏でる。幽玄的な世界に誘われた後、曲は静かに終わる。


ため息の出るような甘美な響きに酔いしれた。オルフェウスを聴いていると、琴座神話が好きでプラネタリウムに通い詰めていた子供の頃が、自然と蘇ってくる。同じ話を何回見に行ったかわからない。ヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラの演奏会を通して、また一つ好きな曲が増えた。


WCLVの放送予定がアップデートされている。夏の音楽祭とツアーが終わり、今月末はいよいよ16/17シーズンの開幕だ。

ベートーヴェン交響曲第7番 [音楽]

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(The Cleveland Orchestra Story P. 480)


Christoph von Dohnányi
The Cleveland Orchestra
(recorded on September 20, 1987, Masonic Auditorium)


長月。新しい月の始まりに、ヴェルザー=メストとクリーヴランドオーケストラのベートーヴェン交響曲第7番を聴いていた。澄み渡る秋空のような透き通った響きと躍動感、終楽章の疾走感が素晴らしすぎて、もうため息しか出ない…。


個人的にベートーヴェンの7番について、ヴェルザー=メストの演奏と双璧をなすのがドホナーニさんの録音だ。 先月、AKGのN20というイヤフォンを購入して以来、お気に入りの録音をこのイヤフォンで聴き直している。とりわけドホナーニさんの演奏は、N20のおかげでますます輝きを増しているかのよう。あれもこれもと聴いてしまう。

テラークの録音技術の高さは、素人の耳にもよく分かる。ストレートで奥行きがあり、迫力のある低音、ティンパニの透徹な響き、まるで目の前で演奏しているかのような臨場感あふれる音質が秀逸だ。


ベートーヴェンの7番は、名曲中の名曲だから、誰が振ってもある程度サマになるけれど、好みの演奏を見つけるのは容易ではない。
ドホナーニさんの7番は、燃え上がるような熱演とか、熱狂的というのとは少し違って、まずその引き締まった造形美に魅了される。 天高くそびえる西日本最高峰の石鎚山の山頂を連想させる、均整のとれた姿。あまりに完璧すぎて、最初は近寄りがたく感じるかもしれないが、じわじわと増してゆく高揚感が実に心地よい。英語で言えば”majestic”の一言に尽きる。マラソンで先頭集団に属し、狙ったタイミングでスパートをかけることができるような、確かな技術と余裕さえ感じられるのだ。


ヴェルザー=メストが築き上げた現在のまろやかなサウンドはもちろん好みだが、ドホナーニさん時代のきりりと引き締まった淡麗なブラスセクションを無性に聴きたくなることがある。セヴェランスホールではなく、クリーヴランドマソニックオーディトリアムの音響の効果もあるかもしれない。


第1楽章。冒頭の和音はクリーヴランンド管らしい強靭さと優雅さを備えた心地よい響き。舞踏的で明るい曲というだけではなく、長らく続いた冬の時代がようやく終焉を迎え、光の指す方向に向かって歩みはじめるかのようなイメージが浮かんでくる。生きることへの肯定感を高らかに歌い上げるベートーヴェンの音楽を、ドホナーニさんは、凛とした雰囲気でぐいぐいと進めてゆく。厚みのある弦の響き、アクセントの効いたブラス、清澄な木管、しっかりと主張するヤンチッチさんのティンパニ。各パートが絶妙にブレンドしあって美しい響きを作り上げる。ほどよい重厚感を保ちながら、あくまでもクリアなサウンド。特定のパートを際立たせるとか、小手先の技術でどうこうすることはない。ドホナーニさんの手にかかると、埋もれてしまう楽器がないのだ。

荘厳な雰囲気で始まる第2楽章も、非常にバランスのとれた響きで進んでゆく。打って変わって、弾むようなメロディが印象的な第3楽章。畳み掛けるように駆け抜けるのではなく、節度を保った演奏だ。最終楽章。狙いを定めたようなきりっとした弦が出色で、この上なく素晴らしい。ここでもティンパニとブラスをしっかりと響かせ、重心は低めながらも颯爽とした印象を与えている。どこか涼しげな表情を残しながら、白熱の演奏でフィナーレを迎える。


現在ドホナーニさんは療養中で、夏のタングルウッド音楽祭も降板した。
白内障の術後の経過が良くないのか、年内はお休みするとのこと。
来シーズンは元気な姿でクリーヴランドに戻ってきてほしい。未完成と大地の歌が楽しみでならない。


Youtubeのウィーンフィルとのベト7は、それほど良さが出ていません。是非クリーヴランドとの録音を!!


Beethoven: Symphonies Nos.1.2.5&7

Beethoven: Symphonies Nos.1.2.5&7

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Telarc
  • 発売日: 2009/04/28
  • メディア: CD



Symphonies 5 & 7

Symphonies 5 & 7

  • アーティスト: Ludwig van Beethoven,Christoph von Dohnányi,Cleveland Orchestra
  • 出版社/メーカー: Telarc
  • 発売日: 2003/10/28
  • メディア: CD



シューマン 交響曲第2番 [音楽]

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Symphony No. 2 in C major, Op. 61
Franz Welser-Möst
London Philharmonic Orchestra

シューマンの交響曲第2番は、若いころからヴェルザー=メストが得意としている曲だ。ロンドンフィルを率いて登場したザルツブルク音楽祭での演奏は絶賛され、その後もチューリヒやクリーヴランドで繰り返し取り上げている。EMIの録音は、現在廃盤となっているが、NaxosやApple Musicで聴くことができ、中古でも比較的安価な値段で入手可能だ。


混沌としてわかりにくいとか、地味だの分裂気味だのと言われる第2番も、ヴェルザー=メストの手にかかると、エメラルドグリーンの流水のような瑞々しい音色で聞かせてくれる。シューマンの音楽が持つ夢想的で情熱的な側面を、気負わずに自然体で表現しているのだ。シューマンは「私はこの交響曲を、まだ半分病気の状態で書きました」と書き残している。躁鬱の症状を繰り返しながらの作曲ではあったけれども、ヴェルザー=メストとロンドンフィルの演奏は、そういった負の部分を感じさせず、色彩豊かな音楽として燦然と輝いている。


第1楽章。暗闇を彷徨っているかのような序奏の後、力強い第1主題が表れる。さらさらと流れるような弦の響きが、儚く消えてゆく今という時間を感じさせるかのよう。ロンドンフィルも一糸乱れず、素晴らしいアンサンブルで応えている。軽やかに飛翔する旋律の繰り返しが心地よい。

第2楽章は、抑制の効いた繊細な弦の響きで始まる。しなやかなで舞踏的なヴェルザー=メストの音楽作りはこの頃からだ。第3楽章。淡々として深入りせず、さらりと聞かせる。ここはもう少し深みがほしかったかな。

開放感のある祝祭的な第4楽章が始まると、いつも思うことがある。
シューマンは「人間の心の深奥へ光を送ること、これが芸術家の使命である」という有名な言葉を残した。確かにシューマンの音楽は心の中を照らしてくれるのだけれど、暗闇の中から光の方向へ歩いてゆくのは自分自身なのだ、と。
儚く消えてゆくこの瞬間を愛おしく思わずにはいられない。


最近のクリーヴランドでは、10/11シーズンで4番を取り上げていた。是非とも今のヴェルザー=メストの2番を聴いてみたい。
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2016 平和の夕べコンサート [音楽]

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シューマン ピアノ協奏曲
ブルックナー 交響曲第9番

指揮:マティアス・バーメルト
ピアノ:萩原麻未
管弦楽:広島交響楽団

明日の原爆の日を前に、広島交響楽団の平和の夕べコンサートへ行ってきました。
ソリストが地元出身の萩原さんですので、チケットは完売です。


萩原さんを生で聴くのは、4年前のラヴェルのト長調協奏曲以来2回目です。シューマンのピアノ協奏曲は、溢れんばかりの情感、憂い、希望といった様々な感情が交錯するロマン派を代表する曲です。ピアニストによって随分と印象が変わります。迫力のあるリヒテル、抒情性に富んだルプー、1月のアンスネスの幻想的なタッチも良かったなあ。普段からよく聴きますが、実演は今日が初めてなのです。ドキドキ。
萩原さんの演奏は、フォルテでの力強い堂々たるタッチに何度もハッとさせられました。時折椅子から身を乗り出して、全身で弾いているように見えたのですが、決して音が濁らずクリスタルな響きです。曲の持つメランコリックな雰囲気よりも、芯の通った凛々しいタッチが印象に残りました。


後半はブルックナーの交響曲第9番。指揮者のマティアス・バーメルトさんは、ジョージ・セルに弟子入りし、マゼール時代のクリーヴランドオーケストラで常任指揮者を務めた経験があるとのこと。指揮姿は控えめで最小限の指示だけを出しているように見えるのですが、恣意的なところがなくて、音楽がよどみなく流れてゆきます。芳醇なブラス、流麗で分厚い響きの弦を遠い席でも十分に堪能できました。


演奏後、バーメルトさんは指揮台の上で暫く黙祷を捧げ、ホールは厳かな雰囲気に包まれました。
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